にんげんはかんがえる葭である

よしもとみおりのブログ

犬とチューリップ

犬とチューリップ、わたしの二大好きなものだ。今、目の前に二つが並んでいる。

友達の高橋喜和子ちゃんが気軽なブログを書いてて、わたしはそれを読むのが好きで、彼女の真似をして、気軽に文章を書いてみることにした。

それにしても、友達の書いた長い文章をほぼ毎日読めたブログ全盛の時代って、いまかんがえるといい時代だったな。その人のこと、よくわかった気がする。ツイッターは短すぎてどうしても取りこぼしてしまうものがあるような気がする。ツイッターでその人のことを知ったような気になるのはダメだなと思う。好意ほど危ないような気がする。

そう言えばこの間、いま関わっている作品の打ち合わせで、プロデューサー(でいいのかな役職は)の女の人が「炎上する仕組み」について教えてくれた。そうかーそうなのかーという納得があった。彼女の著書を読んでみようという気持ちでいる。今日は本屋に行きたいな。

今日は劇場に行く予定だ。最近週に1本、演劇か映画を見ている。演劇は劇場で、映画は映画館で見ている。ただその場所で見ることが嬉しい。

昨日、稽古の帰り。最寄り駅に着いたら、併設されてるショッピングモールがまだ開いていて、本屋が煌々と光っていた。昔に戻ったみたいで、すごく感動してしまった。こんなことで感動できるなんて、と思いつつも、うしなわれたものがまた手に入りそうになる瞬間は、心が動いてしまう。

どうにもならない現実と向き合うことはつらいから、みな、虚飾の復興に一生懸命になっていたのかもしれないなあ。10年前は理解できなかった大人たちの行動がわかるようになる、28歳。

稽古前に買ったアロマキャンドルは、チューリップの形をしている。それをデスクからよく見える位置に置いて、犬を抱きながら、いまこれを書いている。