にんげんはかんがえる葭である

よしもとみおりのブログ

ある女(恋とはどんなものかしら)(小説・百合)

ラインを読んでいるだけで
その人の声が聞こえてきたら
ほんものだとおもう。

 

今度の恋はほんものかしら、と、画面を切った。これはもちろんiPhoneの。こうしてわざわざ注釈するのは、できたばかりの恋人が、昨日テレビを買ってくれたからだ。

「これでいつでも、さみしくないね。」

彼がそういって、わたしはようやく、YouTubeで違法アップロードされた「月曜から夜更かし」のマツコデラックスの少し音程のいじられた声を聞かずに済む喜びから、「うん!」と答えた。

 

でもさみしいってなんだろう?

 

テレビのチャンネルをBSに変えた。
若い少年の声が流れる。美しい透き通った声。なんの番組かなと、画面を見て、「あ、フィガロだ。」とつぶやいた。フィガロとはオペラだ。プッチーニの『フィガロの結婚』。この曲聞いたことある。かわいい少年が晴れやかに歌うの。「恋とはどんなものかしら?」って。

 

テレビはいいね。どこにも行かずに、このままで、文化的な生活をさせてくれるね。と、思いながら、鏡の前に立ち、パウダーをはたく。それでもわたしは休日に予定を入れるのが好きだ。というよりむしろ、入れないと。そうしないといつまでも、最高に可愛いわたしを模索して、鏡の前で立ち止まってしまう。どこに行くというわけでもないのに。

ルージュを引いて、鏡の中に、まあまあイケてる女が現れて、そして思い出した。

 

今日、夢に「ある女」が出てきた。
ろくでもない男に振り回されてたころ、知り合った女だ。

 

女。女。女。

 

その女は友達とは言えない。
その女は女としか呼べなかった。

 

ああ今から語るのは本当に厳しい話、お恥ずかしい限りの話だ。だけど言わせてください、わたしが彼女を「女」としか呼べないのは、彼女は、わたしが、生まれて初めて固執してしまった・女だから・だった。

彼女との細かいエピソードは割愛したい。
ただ伝えたいのは、彼女には、ろくでもない男のことを何もかも話したと言うこと。そして次第にそちらの方が楽しくなったと言うこと。
忘れもしない。彼女が、わたしはね、と、おずおずと似つかわしくない下世話な話の、ほんの頭を撫でたぐらいのことを言ったとき、告白します、わたし、興奮してしまったのです。

 

美しい女でした。目が大きくて、まっしろで。手足がほっそりとしていて。少女のようなのに、胸だけは不釣り合いなまでにふっくらとあたたかなの。

 

今日、夢に出てきた彼女は、わたしにこう話しかけた。
「わたしね、あの素敵なおうちは出ちゃったんだ。今はこの街にも住んでなくて。今はね、ここにいるの。毎日楽しいよ。すっごく楽しい。」と、彼女が地球儀を掲げて、その細い指で指したのは、わたしの実家の近くだった。

 

ああなんて、恥ずかしい。

下手に男の夢を見るより恥ずかしい。

チークも入れていないのに、まだらに真っ赤になった頰をみて、ますます胸が潤んでしまった。

 

いつだったか、女にこう話したことがある。

「あのね、僕はね、君に変なことがしたいわけじゃないんだよ。…男っていつもこう言うよね!」

 

でもわたしも本当に、きみにそう思っていた。いや、嘘です、もっと卑しい想いを持っていた。わたしは君に、「飾り物」になって欲しかった。食べない透明な飴細工みたいな、火を灯さない綺麗なろうそくみたいな、遊ばないちいさなフランス人形みたいな、フラジルな壊れものになって、薄いガラスのケースの中でにっこりと微笑んでいて欲しかった。ああ、なんて気味の悪い。

 

彼女と行った夏の日帰り旅行。ノースリーブから伸びた腕のむこう、手入れされたまっしろな脇。照りつける光がなつかしい。
ああ、きみのいないこの街は、この季節は、あまりにも太陽が短すぎる。

 

陳腐なことを言いますね、わたしこの気持ちに名前なんかつけたくない。だって、そしたら、二度とLINEで元気?なんて言えなくなっちゃうもん。今だってツイッターにいいねも押せていない。なんでって?そりゃ恥ずかしいからだよ。一喜一憂しちゃうから。君のいいねを24時間待っちゃうから。ウケるでしょ、ダサいでしょ。そういやきみ、インスタグラムは最近更新してないね。ねえ、元気?

 

君の心が疲れて、遠くへ行ってしまったとき。ああ、なんて君らしいんだと思った。美しい魂は傷つきやすいから。どんなに傷ついても、わたしはそうはなれなかったから。

事後報告でそれを知ったとき。わたしの心は砕け散った。

その日も確か夢をみた。いや嘘です。本当は夢など見ていない。ただぼんやりと、仕事の終わりの疲れ果てた車窓の向こうに、都合の良い「夢」を見た。得体の知れない大自然の中で、きみの手足が広げられている。きみは白くて、美しくって。

 

ねえ、さみしいよ。

 

こんなに胸が潤むのに、涙一つ流せないわたし。わたしの頭の中には、今でも女の像がある。だけどそれは、もう、本当の彼女とは違っている。それをわかっている。わたしの女。美しい魂を持った壊れ物。わたしだけの女。

わたしはそのことを一生言えない。

 

「恋とはどんなものかしら。」

つけっぱなしのテレビから、プッチーニが聞こえる。

今度の恋はほんものかしら。

 

 

 

 

 

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(noteからの再録)

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