にんげんはかんがえる葭である

よしもとみおりのブログ

「王権と舞踊、また権力が肉体を支配するシステムとしての舞踊」(2013年)

5億年前に書いたレポートが『向井坂良い子と長い呪いの歌』に関連するものでした。

https://girlsmetropolis.com

 

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 本稿では、舞踊と宗教の関係という課題テーマから、「王権と舞踊」というテーマを定め、とくにフランス絶対王政時代のブルボン朝ルイ14世とバレエについて論考していく。

 

 はじめに、なぜ課題として出された「舞踊と宗教の関係」というテーマから「王権」というキーワードに結びついたのか説明したいと思う。

 

ルネッサンス以後のヨーロッパでは、ルターの宗教改革によって新教徒が生まれ、フランスでもユグノー戦争を経てキリスト教的世界観は崩れつつあった。しかしながら、いやだからこそ、フランス王を超常的な存在とし奇跡を起こすとあがめることはフランス絶対王政時代では民衆に根付いた文化であった。

 

『王権の修辞学』(今村真介著 講談社選書メチエ2004年)によると、その最たる者が「触手儀礼」だという。触手儀礼とは、王自らが結核性腺炎を患う人々に手をかざし、あるいは触れ、癒しの身振りをする、という儀式である。王はこれを、成聖式を執り行った後や、主要な祝祭日、そうでない日にも行っていた。触手儀礼絶対王政時代にとくにさかんにおこなわれ、ルイ14世時代の1701年の三位一体の祝日には2400回実施された。民衆は病気が治るにせよ治らないにせよルイ14世のことをあがめ、このフランス王の奇跡の隆盛(流行)はライバルのスペインハプスブルグ家にも危機感を抱かせたという。このことから、フランス絶対王政時代におけるルイ14世は、国内において超常的な存在として信仰されていたのではないだろうか。

 

 さて、「王権と舞踊」について話を戻したい。

ルイ14世がフランスの舞踊の歴史に大きく功績を残したひとつが、バレエというものを、日本的に言うならば「道」として確立したことだろう。アンデ・オールやアンデ・ダンなどの基本的な足の開き方・腕の開き方も、この時代に作られた。1661年、統治の実質的な最初の年に、ルイ14世は王立舞踊アカデミーを創設した。その後、ボーシャン・フイエ・ロランに舞踏譜をつくらせダンスを簡単に規格化して教えられるようになった。そして1713年には後にオペラ座となる王立アカデミーの養成所として今日まで続く国立高等舞踊学校(コンセトヴァール)を創設する。ルイ14世はバレエを体系化したとも言えるだろう。

 

 この「体系化」する、つまり踊る際の身振りを規格化すること自体がそもそも非常に支配的なことであった。いわゆる「ふりつけ」がないとき、人々は各々好きな動きをする。その様子は混沌である。言語化できない神性は身体を通して体現される、と考えていたキリスト教会は混沌とした秩序の無いダンスを嫌い、ダンスを禁止する制裁や教皇教令がだされた。そして中世になると神学者たちは身体のパーツにヒエラルキーをつけるようになった。彼らは頭部を最も重要なものとしたが、それは国の構成の象徴でもあり、下半身にいくにつれその序列は低くなって行った。頭(王)は四肢を支配し、腕は頭の考えた行動を実行に移す行政や軍隊を表現し、足は耕地を耕す農民となる。この考えは絶対王政時代のフランスにももちろん受け継がれた。「ふりをつける」ことは混沌に秩序をもたらす。つまり、肉体を支配することとイコールなのだ。

 

 ふりつけの政治的重要性に気がついた最初の人はイタリアのメディチ家から嫁いできたカトリーヌ・ド・メディシスだという。カトリーヌは、プロテスタントカトリック間の宗教対立に荒れるフランスで王党派のプロバガンダを含んだバレエ作品をつくった。ある作品では神によって主人公である王が敵役(実在の人物)に勝利したり、またある作品では銅像にされた騎士が王の一瞥だけでふたたびよみがえったりした。

 

 ルイ14世の言葉で「朕は国家なり、朕は太陽なり」という有名なものがある。この「太陽」というのは1653年「夜のバレエ」という作品で「昇る太陽」役を演じたこと。また、生涯にわたってその役を保持したことからきているのだが、実は「国家」という言葉もバレエと深く関わりがあるのではないかと、わたしは考えている。

 

『ダンスは国家と踊る』(アニエス・イズリーヌ著 慶応義塾大学出版2010年)から一部分を抜粋したい。

 

 「クラシックバレエ倫理学においては、唯一の主役を神格化し、(他の)一団は、頭に服従させられる身体を模倣しながら命令に応じる。まるで一人の人間のように。」

 

 先ほど、キリスト教世界観のなかで身体にヒエラルキーがつけられ国家の表象となった、と説明した。身体が国家の表象ならば、バレエもまた国家の表象なのだ。ルイ14世はバレエ通して「朕は国家なり、朕は太陽なり」という、プロバガンダというには超越した宣言をおこなったのではないかと思う。

 

出典・参考文献

アニエス・イズリーヌ/岩下綾・松澤慶信訳『ダンスは国家と踊る』慶応義塾大学出版 2010年

今村真介『王権の修辞学』講談社選書メチエ2004年