にんげんはかんがえる葭である

よしもとみおりのブログ

はちがつのおわり

犬の散歩の途中、草むらから虫の大きく鳴く声がして、ああ八月も終わるのかと思った。秋の訪れを耳から知る。まだ風は生ぬるいけれど。そういう暮らし方をはじめてからもうすぐ一年になる。

演劇、演劇、一息つかずに演劇。そんな長いこと続けてきた生活をやめてから12か月。過ごしてきたひとつき、ひとつきが変化に満ちていた。心の中がぐるっと変わる。人は心で世界を認知しているから(と、わたしは思うから)心が変わると、世界が変わる。

対外的には何もしてないのだけれど。……いや逆か?

対外的にインパクトのあるプロジェクトをやっているとき、必要なのは強い遂行力で、そういうときに心の軸がブレると困る。プロジェクトというのは固定化された思考が現実に実体を持つことなので、思考がゆるゆると流動的になってしまったら、プロジェクトを完成させられなくなってしまうかもしれない。困るな~という心の意図を汲んで、体は内部の変化を休む。で、変化に耐えられるタイミングが来たら、そりゃもう目まぐるしく強制的に、その内部をすべて変えさせるのだ。

ステイホームもそこそこ板についてきたわたしは、これを家の机で書いている。その足を犬の枕として貸出し、時々めざめて「おねえちゃん」とこちらを見る犬のやわらかな頬、口、まぶたのまわりを優しく両手で包み、「なあに、ここにいるよ」と返事をしつつ、書いている。

「まずは書く場所を見つけること」と小説家の大家は皆言うが、一年経って、ようやくわたしにもその場所が見つかったようだ。